『生前成仏』で『感受性革命』し『福徳創造体質』に!!

『今世を楽しんでいますか?』
2017-05-29 Mon 22:30

こんばんは。


藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、



『今世を楽しんでいますか?』



これは、


来世のために今世を犠牲にする。


だとか、


来世のために今世を我慢する。


等。


『何かの犠牲の上に、幸せが成り立つ』


という幻想や。


『現在を犠牲にして、将来を言い訳にする』


という犠牲的至上主義のような観念は一切、捨てていただきたい。



例えば。


念願であったマイホームを手にれた。


と、おっしゃる方が。


まだ購入して3ヶ月目なのに。既に売却を視野に入れて。


家中に手厚く傷防止の施しをしていて、とても神経質に暮らしているようでした。


レポーターさんが理由を尋ねると、


『この先に何かあった時に少しでも高く売りたいから。』


『まだローンが30年もあるんでね。売るなら高く売りたい。』


と、繰り返す。


テレビカメラの前で、まるでもう手放す前提で、せっかく購入出来たのに、全然ハッピーではない。笑顔もない。


購入したかった理由には触れなかったけれど、非常に違和感を感じた。



私が『生前成仏』を謳っている理由は、幾つかありますが。


日常の中で痛感していること。


『人の余命など。あってないようなものだ』


ということ。


余命宣告を受けた方よりも先に、健康だった隣人の方が突発的な事故により突然、旅立ってしまった。


等ということは皆様の身近にもあるのではないでしょうか?


医学の発達も日進月歩で目覚ましく進歩していると同時に。


文明の発達による、生活スタイルの変化や。


交通の問題。


災害の危険性。


険しくなるばかりの世界情勢。


等など。



本日現在の私達は、


『結構な確率で生かされている



と、言ってもいい。



ですから。



将来を見据えながらも。


今の自分は本当はどうしたいのか。


何を優先したいのか。



『自分自身の本能』に、尋ねてみてください。


何にも囚われていない、


『本能の自分自身に』




今夜はここまで。


5月も終わりに近づいた藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.5.29 藤色聚楽

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『神様が創られた大切な作品として』
2017-05-28 Sun 18:00

こんばんは。


藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、



『神様が創られた大切な作品として』



昨日からの続きです。



人間ひとりひとりが、


『神様が創られた大切な作品として』


この世に派遣されて配置された。


と、考えたならば。


この今世(現世)を多方面で効果的に、意義ある、実りある人生を、創って行けるのではないかと思うのです。


先ずは。


ご自身そのものが、


『神様が創られた大切な作品』であるならば。


各々がご自分自身に、深い感謝の意をもって、大切に扱うことが出来るでしょう。



そして。


関わる相手ひとりひとりも。


『神様が創られた大切な作品』であるのならば。


相手ひとりひとりの存在を大切に認め、尊重することができるでしょう。



これらは、他のことにも置き換えて考えることができます。



あなた様が、


『来世があると信じるならば』


今世をより良く生き、来世に備えることができるでしょう。



地球上の皆様が、


『来世があると信じるならば』


今世での自分自身を良好良質に築き。


真の愛を持って助け合い。


来世での再会を楽しみにしながら、今世の今も、気持ち良く過ごそうとすることでしょう。



昨日もお話しましたが、きれいごとで世の中を渡って行けるとは、思っていません。



しかし。


それを実行するのか。


実践して行くのか。


現実のものにして行くのかは。



私自身を含めて、各々の皆様の意識ひとつ。



ただそれだけなんです。



今の人生は今世限りでも。



来世があった時の為に......。



頭に置いていただきたい。



実際にあちらの世に渡ってから。



『来世が本当にあるとは初めて知った』



では遅過ぎますよね(^^;



『生前成仏で感受性革命』



『今世が来世だと思って生きる』




今夜はこの辺で。



夜風が爽やかな藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.5.28 藤色聚楽

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『あなたはあなたのままでいい』
2017-05-27 Sat 21:20

こんばんは。


藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、



『あなたはあなたのままでいい』



世の中。きれいごとで渡って行けるとは毛頭、思ってはいません。


ただ......。



自分を変えたい


自分に自信が持てない


自分には何の取り柄も才能もない


自分の存在価値などは無い


今の自分には全然納得できていない


等々。



ご自分を酷評し、ご自分に失望し、目力をも失ってしまっている。



そのような方を時々。お見受けすることがあります。



かつては私もそのひとりでした。


その要因も、そうなった性質の根源も。


長い月日がかかったことですが、それらを乗り越えて。


現在は冷静に、当時の自分と向き合えています。



自己否定が強かったり、自己評価の低い要因は、それぞれ要因は多様にあると思いますが。



先ずは、どのようなご両親に育てられ、どのような関係性の親子であったか、ということ。


あるいは、ご事情があり、ご両親のお手元ではない環境で育った、ということも。


幼少の頃に、どの様な大人達と、どんな関係性を育み、接してきたのか、それらはとても重要なデータです。


幼少~思春期、成長期に。


どんなにがんばっても、親に認めてもらえなかったり。


親に気に入られたいがために、自分を圧し殺して、演じ続けてきた子供時代だったり。


あるいは、結婚後に。


配偶者、または配偶者の家族が、自分を認めてくれなかったり。



それらが、強い自己否定、自己評価の低さに繋がっている事例が多いようです。



そこで......。



少し浮世離れしたお話に聞こえるかもしれませんが......。



私たち人間、ひとりひとりは。


『神様がお作りになられた作品』で。


神様は、その作品ひとつひとつを大切に扱うならば、


それらの作品を丁寧に、


『ベストポジションに配置した』はずであり。


しかし......。


それらを弄くり回して荒らしたのは、


私たち人間の『感情』に他ならないと思うのです。


せっかくの神様による作品を。



それじゃダメだ。


ああなって欲しい。


こんなはずじゃなかった。



等々。



良かれと思ってきた言動は、なかなか響き渡っていないように思います。



そこで......。



『自分の中に映し出される世界』


が、


『自分だけの幻想ではないかもしれない』


という確認作業が、


人と人との『共有、共感、共鳴』であり。



いかに。それを体感できる人達と出逢えるかが、



『開運のポイント』


『人生の分岐点』


『発想の転換期』



につながるようです。



元々があなた様も、


『神様による自信作の作品のひとつ』


として、生まれてきています。



ですから、おそらく。


何一つ、変える必要はない。



『あなたはあなたのままでいい』




今夜はこの辺で。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.5.27 藤色聚楽

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『自分勝手な鏡』
2017-05-26 Fri 22:00

こんばんは。


藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、



『自分勝手な鏡』




昨夜の続きで。


『各々の中に映し出される世界』


による、副作用的な現象として。


『自分勝手な鏡』


が、時に乱反射する。



例えば、


自分から映し出された相手が。


相づちを打ちながら、他愛ない話を聞いてくれてたとする。


別れ際も、いつもと変わらない笑顔だった。


こちらは、自分が話した心情の通りに、伝わっていると思っている。



しかし。相手は、生い立ちも違う別個の価値観のもとに、人の話のブレンド具合も様々で。


結果。


そんな話だっけ?


言いたいことはそれだったんだ~。


ん?そんな話聞いてない。



また、相づちを打ちながら返答した内容についても、


私はそんなことは言っていない。


え......。覚えていない。



となっていたりする。



要するに、聞いていないのではなくて、


相手の中で映し出された世界では。


そもそも聞きながらにして、頭の中で展開されている想像や解釈そのものが違っていたりする。



職場や家庭内の軋轢でも、


言った。


言ってない。



という場面は、この



『自分勝手な鏡』


の仕業かも......。



『各々に映し出される世界』


による、副作用を通り越して、


『妄想未遂』と言ってもよい。



人に話を伝える時には、ある程度。


『自分勝手な鏡』



を想定しておいてもいいかもしれませんね。



今夜はここまで。



雨上がりが気持ちいい藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.5.26 藤色聚楽

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『各々の中に映し出される世界』
2017-05-25 Thu 19:00

こんばんは。


藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、



『各々の中に映し出される世界』



皆様は本日。どんな一日でしたか?


色とりどりの人間模様があると思いますが、皆様はそれらのコミュニケーションや心の触れ合いを、楽しめていますか?



昨日。一昨日の復習です☆〃



自分自身は、


『相手によって引き出される自分』


と、新たに出逢うことになり。



自分の眼力、視点から、


『私だけが知っている相手の姿』


を見つけることになる。



ここまでOKですか(^^)?



そして。これらのお話から、



◎ご自分の眼力、視点から見えているもの。


◎関わる相手の眼力、視点から見えているもの。



が、必ずしも一致しているものではなく。



お互いの生い立ち。


養われてきた感性。


進化を続けている個性。



を基にしているので、



見えているもの。


感じていること。


共感できているはずのこと。


等に、違いがあっても全然不思議ではなく。



これらの幾つもの『確立されつつある自我』を持つもの同士が、いくら信頼関係を深めていっても。


見えていること、見ていることが、同じ景色に映っているとは限らず。



むしろ。



『各々の眼力、視点は同じにはなれない』



同じ次代を過ごし。


互いの関係を育み。


共に歩んでいても。


『映し出される世界は、各々で違う』


のです。



例えば、



職場の上司が替わり、以前の上司の方とは、コミュニケーションが取りやすい方で、仕事がしやすくなった。



長年、夫婦生活を続けてきたが、どうも感覚のズレを埋めることが出来ず、今後は続けていくのが難しそうだ。



長年付き合ってきた仲間(恋人)だけど、あんな人だとは思わなかった。ずっと、私たちはわかり合えていると思っていたのに、非常に残念だ。



うちの子供(夫・妻)が何を考えているか、全然わからない。



等々。



よくあるエピソードだと思います。



これらも、



『各々の中で映し出される世界が違う』


ので、起きている『自然現象』であります。



ですから。


元々『自分も相手も同罪』で。


『関わっている時点で共犯者』と表現してもいいかもしれない(笑)



このような人間模様におけるズレや期待外れも。


『各々の中で映し出される世界は違う』


ことをベースにして噛み砕いてゆけば。


傷つき過ぎることなく。


広い志で受け止めることが出来るようになり。


葛藤や悩みも、種類を変えて自分の成長の種に変えて行けるかもしれません。


これも『感受性革命』への訓練のひとつだと思っています。



今日はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


陽が暮れる頃の藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.5.25 藤色聚楽

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