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『生前成仏』で『感受性革命』し『福徳創造体質』に!!

『デジタル移送』
2017-06-30 Fri 21:55


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『デジタル移送』




昨夜からの続きです。



『この世から旅立つ』ということは。


『あの世に生まれる』


と同じことで。


つまり命日は。


『あの世に生まれるお誕生日』


となるわけで。


あの世に生まれた時。


『この世から旅立つ時の最後の心理状況』


のままスライド、移行するので。


『この世から旅立つ時の最後の心理状況』


は、とても重要です。



そこで。今夜のお題です。


この世で起きた、解決できないままになっている問題。


疑いが晴れなかったままの無念でならない事案。


等。真意が伝わらないままになってしまった事柄や。


自身についての深刻な悩み。


家族親族関係の根深いもつれ。


等。


世の中の悩みのほとんどは。


自身にしかわかり得ないこと。


知り得ないことであり。


眼に映る事柄は、ほんの微量であるので。


眼に映らない部分に真実は、押し込められたままになっています。


しかし。それらを嘆き悲しむことはありません。


いくら人間達の眼には映らなくても。


人間の『生命体』があちらからは見えているように。


私たちの個々の人生模様の全ては。


『デジタル』のレベルで。


全部移送されています。



ですから。


あちらの世では。


隠すことはできませんし。


真実を見破るために奥の眼を光らすことも必要ありません。



今、わかり得ないことも、知り得ないことも。


今日現在、いつでも。私たちの頭の中は。


『デジタル移送』されています。


あちらの世とこちらの世は、いつ何時も連動していますので。


既に全てが明らかになっているのです。


これは『神様のカメラ・録画中』と同じです。



眼には映らない世界に、真実はちゃんと存在しているのです。


ですから。自信を持って、安心して、毎日を過ごしていただきたいです。


『眼』『耳』『口』で言葉の音を確かめ。


『心』で響かせて、成長する。


この身体で。この魂で。


一回限りの今を。


ぶっつけ本番の人生を。


沢山味わって。


沢山笑って。


ゆっくり旅立って行きたいと、今は思っています。




今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.30 藤色聚楽

別窓 | 夢うつつ | コメント:0
『スタートライン』
2017-06-29 Thu 22:02


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『スタートライン』




昨夜の続きで、まずは復習から。


『旅立ちの姿』は。


後に残された人達。自分の人生に関わってくださった方々には。


『残像』としてずっと残り続けるので。


出来るだけ。


周囲の方々が心理的にも、物理的にも。


『諦めがつく形』が美しいと思います。


そして。出来るだけ。


柩でのお別れが。


『お顔を見せられる』状態。


であることが、実に望ましいと思います。



ここからは本日のお題に入ります。


自決の場合。


実行に移すまでに至る心理の過程はそれぞれに。


説明がつくとか。


想像がつくとか。


具体的には本人にしか知り得ない境地にあり。


それぞれの苦悩は。


他と比べられる対象になく。


また他人により裁かれる観点にも及ばない。


イメージでは伝えられるかもしれないけれど。


決めた本人も『言葉の無力さ』に詰まされている情況にあると思います。


これから私がお話することが。


どれだけ寄り添えるものになり得るかは、定かではないのですが。



『この世から旅立つ』ということは。


『あの世に生まれる』


と同じことです。



つまり命日は。


『あの世に生まれるお誕生日』


となるわけです。



では。


『どのような状態で旅立ち、生まれれば』


良い『スタートライン』に立てるのでしょうか?


それは。


『この世から旅立つ時の最後の心理状況』


が重要です。



哀しみ嘆く心理で旅立てば。


あちらの世に生まれた時。


哀しみ嘆く極地の世界からの、スタートとなります。


恨み辛み。憎しみのままで旅立てば。


あちらの世に生まれた時。


恨み辛み。憎しみの真っ只中の世界からの、スタートとなります。



反対に。


悔いはありつつも、結構良い人生だったかも。という幸福感で旅立てば。


あちらの世に生まれた時。


結構良い幸福感にある世界からの、スタートとなります。


自他共々の幸福を築き、充分に社会に尽力したならば。


あちらの世に生まれた時。


それなりの能力が活かせる世界からの、スタートとなります。


要するに。


『旅立つ時の最後の心理状況』で。


そのままスライド、移行するわけです。



ですから。


自決を急がず。


『絶望した自分から底打ちをして』


そして。


ひとつでも。ふたつでも。


それ以上に欲張ってもいい。


この世での、


『美しい景色』


『良い経験』


『感動的な想い出』


等。


『この世の素敵』を。


ひとつでも多く味わってから。


ゆっくり旅立った方が良いと思います。



今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.29 藤色聚楽

別窓 | 夢うつつ | コメント:0
『旅立ちの姿』
2017-06-28 Wed 22:10


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『旅立ちの姿』




昨夜からの続きです。



自決を決めた人が。


死を迎える瞬間を自分一人で実行できたとしても。


やり遂げた後は、そうはいかない。


その亡骸は、自分以外の誰かの『人の手を介して』施されることになる。


つまり。


人は死ぬ時でさえ、


『人の手を介する』ということ。



『終わり良ければ全て良し』


ということわざがありますが。


本当にその通りだと思います。



『旅立ちの姿』は。


後に残された人達にとって。


『残像』としてずっと残り続けるので。


やはり、人生の幕閉じは。


出来るだけ。


周囲の方々が心理的にも、物理的にも。


『諦めがつく形』が美しいと思います。



そして。


出来るだけ、柩でのお別れが。


『お顔を見せられる』状態であることが。


本当に望ましいな、と思います。



20代前半の頃。とある方のお通夜で。


斎場の外にまで漏れ伝わってくる、胸が張り裂けそうな泣き声が凄すぎて。


なかなか、入場するにも戸惑ってしまった、悲痛なお別れがありました。


尋常でない空気に身体が震えてしまい。


早々とお焼香を済ませて斎場から出てしまったのですが。


後に聞いたところによると。


柩の中一面に布が被せられた上に、故人のお写真が1枚。乗せられていたのだそうです。



『旅立ちの姿』は。


人生に関わってきた方々の中で『残像として』残り続けるので。


出来るだけ。


『最後のお別れが可能な姿』で。


旅立てることが、人生最後の大切な任務と、現在は捉えています。




今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.28 藤色聚楽

別窓 | 思想 | コメント:0
『人の手を介する』ということ。
2017-06-27 Tue 20:40


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『人の手を介する』ということ。




遥か昔。



私は物心ついた頃から。


どこかいつも、生きてゆくことに自信が持てない子供でした。


それがやがて思春期を迎え。


遂には高校生の時に。



自分はどうして、この両親のもとに生まれてきたのか、考えても答えなど突き止められず。


何のために生きようとしているのか、希望を描くことが一向にできないまま。


これ以上、自分がこの世に存在してゆく意味や価値など、測りようもなく。


身体が私の意志とは無関係に、無意識にひとりでに呼吸をし。


動き続けている、心臓の鼓動が我慢ならず。


『自分の最期は、自分で決めたい。』


と、自決をすることを、潔いほどに決意していました。


そこには迷いがなく。


『誰に力を借りることなく、自身で終止符を打つことができる』


と、自分の人生に自分で責任を持てた、という自負さえありました。



ところがその日。


絶対に人目につかないように。細心の注意を払っていたにもかかわらず。


自決はあっさり未遂に終わりました。



2度目は絶対に失敗しないと計画していた、その一週間後。


週刊紙に掲載された記事に、飛び降りをされた人のご遺体を目にする機会がありました。


それはかつて想定したことのない、想像を超えたもので。


この上ない傷みが伝わってくる、耐え難い哀しみに曝されたお姿でした。



モノクロ写真でも。


この方を弔うために、全てを棺に納めるには、


『どれだけの方々の手を煩わせるのかは明確』で。


偶然にその現場に居合わせた方々の衝撃が、どれだけのものだったか。


容易に想像がつくものでした。



ページを捲って行くと。


毛布を持って駆け寄る人の姿や、路面をデッキブラシで洗い流す人。


現場検証をする警官の方々以外にも、沢山の方々がその現場で。


すべては当人以外の。おそらく無関係である方々が。


突然の惨状に、それぞれの時間を費やされている光景が、ありありと掲載されていました。



私は。自分の計画していたことの『大きな誤算』に、自身を責め始めていました。


その大きな誤算とは、


『人は死ぬ時でさえ、人の手を介するのである』


ということでした。



当時、高校生であったあの時の私は。


通夜葬儀にほとんど出たことがなく。


法事の法要で、亡くなられた方のご遺影を目にする程度で。


人の死に直面したことがなく。


『死』ということがどういうものなのかを、わかっていなかったのです。



ただただ、あの日あの時。わかったこと。


人は死ぬ時でさえ。


『人の手を介する』ということ。



人は生まれてくる時も。


人は死ぬ時も。



『人の手を介する』




今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.27 藤色聚楽


別窓 | 思想 | コメント:0
『思いやり』という糸。
2017-06-26 Mon 23:48

こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『思いやり』という糸。




昨夜からの続きです。



水のような特性を持ち合わせた『人間の感情』は。


元々『形あるモノ』に、収まりきれるものではなく。


この『矛盾』は。


人間が生きて行く上での。


生まれながらに背負っている『宿命』である。


ということ。



『人間の感情』がもしも。


聞き分けが良くて。


リモートコントロールが利くものであれば。



『形あるモノ』にキレイに収まり。


『感情のはみ出し』も心配ありませんし。


争いもなくなるでしょう。



この『形あるモノ』に収まりきれない『感情のはみ出し』により。


人間界における『悩み』は尽きることはない。




ただ反面。


そこから養われることもある。


それは。


『協調性』と『思いやり』



『形あるモノ』に収まる必要性は、ここに意味があるのだと。




人と人を繋ぎ止めることに『思いやり』は欠かせない事柄で。


『思いやり』はやはり、最後の切り札なのではないかと。



この近年では。


『形あるモノ』が脆くなっているように思う。



その根底に見えてくるのは、


『思いやり』が鍵を握っているように思う。



『形あるモノ』を守るために。


ルール。


法規制。


ペナルティ。


を強めることに奔走するのではなく。



やはり『思いやり』なのではないかと。



人と人を繋ぐ最後の切り札。



『思いやり』という糸。



私自身も見つめ直して、取り組んでいきたい。





今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.26 藤色聚楽

別窓 | 思想 | コメント:0
『矛盾という宿命』
2017-06-25 Sun 23:40

こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『矛盾という宿命』




日常ライフの中で。



『幸せを感じる瞬間』とは何でしょうか?



その『幸せを感じる瞬間』には。



共感する相手が存在するのか。



共有できる仲間が居るのか。



それは目に見えるものなのか。



目には映らない心理的なものなのか。



目には見えない信仰的世界の境地に存在するのか。



それは本人、当人同士にしかわかり得ない。



職場だとか。


組織だとか。


家庭だとか。



形あるものには、


ルール。


法規制。


ペナルティ。


秩序が乱されない為に施された決め事が設けられ。


それらと一体になっていて。



そこに。


『人間の感情』


という、水のような特性を持ち合わせた、


『形に収まれないもの』


との共生は。


非常に苛まれる部分を孕む。



秩序を乱さないことを優先すれば。


『形を維持』することに執着し。


外から見た時の形を整えるために奔走したり。


『維持しようとする形』に収まろうとする矛盾を抱える。


そこまで形にこだわった場所には『安らぎ』はあるのか。



『心安らぐ幸せの瞬間』というものは。



外から見える『維持しようとする形』の中には。



思うよりも少ないのかもしれない。



『人間の感情的な幸せ』と。



『社会的秩序のもとに作られようとする整う形』と。



『矛盾という宿命』の中。



可能な限り、融合できるものでありたい。




今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.25 藤色聚楽

別窓 | 思想 | コメント:0
『乗ってはいけない』
2017-06-24 Sat 22:25


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『乗ってはいけない』




昨夜からの続きです。


先ずは、昨日の復習から。



『チャンスも一期一会』であり。


実は『チャンスに選ばれている』


というお話でした。



今夜はうって変わって。



『乗ってはいけない』



これは、5/30『ときめきの選択』の契機になったお話です。



これはかなり昔。



ある日。私の港に『チャンス』の船がやってきました。


様々な人伝に私へと辿り着き、私という港を目指して、その船は接岸しました。


がしかし......。


条件など、悪くはなかったのですが、私は心が動かなかったので、お断りしました。



それから何ヵ月も過ぎて、その船のことを全く思い出さないくらいに忘れていたある日。


またその船が、突然私の港に接岸しました。


私は眉をひそめて警戒しました。


どうしても私に乗ってほしいと言うのです。


それは前回もお断りした通り『乗れない』と伝えました。


伝えてからもしばらく停泊していましたが、私が乗らないとあきらめたのか、いつの間にかいなくなっていました。



ところが、それから1ヶ月もしないうちに、またまたその船は再びやって来ました。


私の港に接岸するなり、船長、船員が降りてきて。


様々な『好条件を並べて』、土下座の勢いで『乗っていただきたい』と騒ぐのです。


『どうしてもダメですか』


『何がそんなにダメですか』


『私達を助けてください』


『あなたじゃないとダメなんです』


私が困った顔をして考えていると。


更に条件をつり上げて、皆で私に懇願するのです。


私は本当に困り果ててしまいました。


『時間をください。ちょっと考えてさせてください』


とにかくそうでも言わないと、船長船員は船に戻ってくれそうにありません。


私は『とにかく今は決められない』と言いました。


すると、


『わかりました。ずっとあなたを待っています』


と言い。これ以上ない良い条件を並べた紙を私に渡し、船長船員は渋々、船に戻って行きました。



それから何日も......。


私の港に停泊したまま。


一日一回は、船員の誰かが船から降りてきて、私に挨拶にやって来ます。


そんな日が何日も続くうちに私は周囲の目が気になりだしてしまいました。


私が良い返事ができない理由と言えば......。



何かちょっと胸騒ぎがする。


何かちょっと船長・船員が怪しい。


何かちょっと嫌な予感がする。


何かちょっと......。


何かちょっと......。



が渦巻いているのです。


向こうから出されたこれ以上ない条件に異議はないのに。


『何かちょっとイヤなんです』


が理由です。



しかし。相変わらず停泊したままの船からは。


毎日誰かが降りてきます。


周囲の眼差しが気になるのも限界になり。


今度は私が、出された条件ひとつひとつで、自分で自分を説得し始めました。



そして......。


その懇願に負けてしまい、遂には乗船してしまったのです。



船が港を離れる時の胸騒ぎは。



後の展開を見事に的中させるものとなりました。



要するに。


どれだけ良いことを言われても。


どれだけ宝の品を並べられても。


どれだけ非の打ち所がなかったとしても。



自分の本能が『NO』ならば。


『乗ってはいけない』



どのチャンスも『一期一会』だけれど。



自分の本能が『NO』ならば。


『乗ってはいけない』



『チャンス』に選ばれているのは確かだけれど。


自分の本能が『NO』ならば。


『乗ってはいけない』



本当に『乗りたい』のであれば。


『1回目で乗っている』はずで。



乗りたいのに乗らなければ。


昨夜の私みたいに、


『ずっと後悔している』はずです。



この出来事が『ときめきの選択』の始まりとなりました。



あらためまして、


5/30『ときめきの選択』


ぜひ参考にしてみてください。




今夜はここまで。



本日もお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.24 藤色聚楽

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『チャンス』に選ばれている。
2017-06-23 Fri 23:35


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『チャンス』に選ばれている。




日頃。


『チャンスに恵まれている』


は、よく耳にすると思います。



では、


『チャンスに選ばれている』


は、どうでしょうか?



それを今夜、ここから始めましょう。



皆様に訪れている様々な『チャンス』は。


ある日突然だったり。


来年にまた......が、予定通りであったり。


約束があってないようなもので。


予約制でもありません。



この『チャンス』というものを『船』に例えてみましょう。



『自分』という港に。


『チャンス号』の船が。


接岸したとします。



それは予告なしの突然で。


でも、来てくれたのは嬉しいことでした。


しばらくは停泊していると言っています。


決心がついたらお乗りください。


お乗りになる条件は......。


(それは、今の自分にクリアできるかどうかギリギリの条件。)


定員が満たされたら自動的に海へ出ます。


その時はご縁がなかった、ということでご了承ください。


次、いつ来れるのかは未定です。



昔。この様な感じで、突然にチャンスがやってきたことがありました。


私は非常に嬉しかったのですが。


それは心待にしていたチャンスだったのに。


そのチャンスの壁が高いものに思えて。


飛び越える自信がなかったのです。


自分の身の丈に合っていないのではないか。


それでは、チャンスに対して失礼ではないか。



突然にやってきた『チャンス号』の船をさんざん待たせたあげく。


今回は準備不足なので、という理由で。


気持ちは整っていたのに。


その『チャンス号』を見送ってしまいました。


しかし。


その時のその『チャンス号』は。


二度と自分の港に接岸することはありませんでした。



そこで。


『チャンスも一期一会』


であることと。


『チャンス』は港を選んでやって来る。


と悟ったのでした。


決して気まぐれでもなく。


波の加減や潮の流れのままに、でもなく。


来るべきしてやって来たと後になり、気がついたのです。


『港を選んでいる』という根拠は。


船は乗せた人の事情と。
(個性や才能のたとえ)


天候や波などの気象条件。
(神様の采配のたとえ)


により、航海する道筋が変わり。


その時に乗船した人の、個性や才能が加味され。


その船の行き先も変わります。



だから。


その時。その船だけの航海がある、ということ。



そこで、たどる道筋をたどり。


流れるべきままに接岸した港が、自分だった。


ということなのです。


ですからすなわち、


『チャンス』に選ばれていた。


のです。




たとえその時に。


準備不足であっても。


気持ちが整っていたならば。


『乗船します』と意思を伝えて。


乗船する権利を押さえて。


猶予の時間内に。



『チャンスに自分を間に合わせてゆく。』



必ずしも、準備万端が最良ではない。



気持ちが乗る気であれば。



それは、乗っても良いタイミングにある。



『チャンスも一期一会』



『チャンス』は港を選んでいるから。




今夜はここまで。



いつもお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.23 藤色聚楽

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すべては『感謝という終着駅』へ。
2017-06-22 Thu 23:40


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




すべては『感謝という終着駅』へ。




昨夜からの続きです。


このところ連日。


『内観・止観・浄化法』をお伝えして参りましたが。


昨夜は遂に『記憶たちのご葬儀』に到着し、送り出す所まで来ました。


最後に。


びっしりとマイナス感情が吐き出された紙は。


読み上げが終わったら、そのまま粉々に破って、ゴミ箱に廃棄してください。


決して保管はしないでくださいね。




お読みいただいている皆様は。


おそらく、マイナス感情を取り除くためのこの浄化法は、初めて耳にした方が多いかもしれません。


これも私が実際にトライしてみて。


実践を重ねて。


心の内側がクリアになって行くのを体感し、実感できたからこそ。


自信を持って、こうして皆様にお伝えできるまでになりました。


これも『ひとつの訓練』でして。


この浄化法を実践することにより、


マイナス感情を受け流すコツが掴めて。


溜め込むことが少なくなり。


深い位置まで溜め込みそうになっても。


早い段階で気がつき、対処できるようになって行きます。



そして、もうひとつ。


目に見えない世界のお話になりますが。


これは『憑依体質の改善』にも、つながりました。


不浄の霊は。


マイナス感情に侵された『濁った生命体』が大好物です。


透きあらば、その『濁った生命体』に入り込もうとしています。


しかし、濁った生命体を克服し。


クリアな水晶玉をイメージしながら励み、勤しみ。


積み重ねてきた現在は。


霊的な面も、極めて安定しています。



昨夜も触れましたが。


『感情もひとつの生き物』と申しましたのは、ここにも繋がっていて。


要するに、


『感情が一人の人格として』確立しているので。


自分がその感情を切り離しても。


送り出す際に『一人の人格として』扱い。


労い。


愛を込めて。


『感謝という終着駅』に送り出すことをするのか、しないのかで。


行く先は変わってゆくのです。



幅広い意味で、


この『内観・止観・浄化法』をオススメいたします。



今夜もお読みくださり、ありがとうございます。



藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.22 藤色聚楽

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『記憶たちのご葬儀』
2017-06-21 Wed 23:35


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、




『記憶たちのご葬儀』




先ずは昨夜の『検証作業』復習から。



あらわになった、ありのままのマイナス感情を。


『もう一度。自分の腹に戻せるかどうか』



もっと簡単に言えば。



食べられるかどうか。


飲み込めるかどうか。


吸い込めるかどうか。


身体に補充し蓄積し続けたいかどうか。



こうして自分の中にあったマイナス感情が、どれだけ自身に害を及ぼしていたか。


明らかになった所で、


『記憶たちのご葬儀』


に入ります。



頭の中に『河川』を思い浮かべてください。


幅広で、わりと河口に近い感じで、少し先には海が広がっています。


精霊流しをイメージしてください。


辛かった記憶たちをそこに乗せます。



そしてここでの最大のポイントは。



流す時の『自身の感情』が非常に大事です。



『感情』というものはある意味。


『ひとつの生き物』です。


こんな表現をする人はなかなか居ないかもしれませんが。


私の持論としては。


『感情はひとつの生き物』です。



辛い感情は『辛いさん』


悲しみの感情は『悲しみさん』


怒りの感情は『怒りさん』


恐れの感情は『恐れさん』


等など。


『各々の感情そのもの』の性質を鑑み。


それぞれの『感情を労う』のです。



例えば。


自分が愛を持って行ったことは。


いつの日にか回り回って、愛を持って帰依するように。



精霊流しに乗せたマイナス感情たちに。


暴言をぶつけて傷つけながら送り出せば......。



やがていつの日か、悲しみや怒りなどの出来事を連れながら帰依してしまうのです。



このちょっとした一大決心のもとに、執り行われた『内観・止観・浄化法』。


時には泣きながらにして吐き出して。


その吐瀉物を直視しながら行った、辛い『検証作業』をした意味がなくなってしまいます。



ですから。


どんな『感情』、またはどんな『想い』をかけて送り出したら良いでしょうか......?



私が実際にこの『内観・止観・浄化法』に取り組んできて。


一番効果的で、相乗効果を伴った感情は。



『感謝』



でした。



正直。そこに辿り着くには、時間もかかりましたし。


辛くもありました。



マイナス感情の出来事に。


中には『もらい事故』的なこともあるわけです。



しかし。


教科書、テキスト等で答え(傷み)がわかっていれば。


わざわざ経験させられることもないでしょう。


しかし神様は。


実際に経験体験してみて、本当の意味でわからせてくださったことに。


やはり。


『感謝』



なのです。



『喪主』としては理不尽な『感謝』に思えたこともありましたが。


結果的には、


『後に必要だから経験させられている』のです。


※5/4『感謝という終着駅』も参考にしてください。



今夜はここまで。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2017.6.21 藤色聚楽



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