『生前成仏』で『感受性革命』し『福徳創造体質』に!!

『人間の性』
2018-01-31 Wed 23:02


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『人間の性』









『人間の性』というものは基本、変わりません。



『その職業にそのような人がいるのか?』



度々耳にするご意見です。



『○○の職業にでしょ?』



という驚きなど。



その様な『先入観』や『主観』は。



人間が抱いた『幻想』です。





人間の心理の『便利な機能』として。



『イメージ・チャンネル』というものがあります。



『想像』『連想』が伴って。



『そうであるかもしれない』



が。



『そうであろう』



『そうであるべきだ』



という『理想像』となり。



その職業のイメージを、人間達の『理想心理』で。



勝手に作り上げているのです。





各々の人生模様や培われた価値観で。



各々が各々の希望とする職業へ進むわけですが。



そこで各々が発揮できる力量や裁量は、別問題で。



『活かされる資質』は違うのです。



ですから。



どの職業、どの道へ進んでも。



様々な役割やキャラは。



見事に『正確な確率』で人材はばら蒔かれ。



どの職業、職場にも。



同種の善悪両方が配置されています。





これも。



『神様による緻密なお計らい』によるもので。





どの道に進んでも。



皆平等に。



必ず『基本の人生勉強』ができるように。





どの道に進んでも。



幻想に酔いしれぬよう。



肩書きに溺れぬよう。



自身に自惚れぬよう。





『私の職業は○○だから』



というように。



『傲り高ぶることのないように』。



神様は、緻密なお計らいをされたのです。





どの『道』に進んでも。



どの『職業に』就いても。



どの『職場に』配属されても。






『その役』を選んでいるのは自分自身です。






『人間の性』は基本、変わりません。






あなた様は『どの役』を選びますか?












今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.31 藤色聚楽

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『現実を休む』
2018-01-30 Tue 21:57


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『現実を休む』









きちんとすること。



ちゃんとすること。



元気でいること。



しっかりしていること。



真面目であること。



几帳面であること。



無理すること。



規則を守ること。



気を揉むこと。



悩むこと。



心配すること。



何とかしようと思うこと。






これらの『がんばること』全部を忘れて。





たまには『現実』を休もう。





少しくらいズルしてもいい。



手を抜いたっていい。



怠けてもいい。



怠ってもいい。



手順なんてどうだっていい。



やらなくてもいい。



色々、どうでもいい。





是非ともこうして、『現実』を休もう。





いい人で居ることも。



いい人であり続けることも。





多分。本当はそれほど人生には左右しない。




だから。





意識ごと『日常の自分を離脱』して。





『いい人』でいることなんて、どうだっていいから。





たまには。時々。






『現実を休もう』。






がんばらない。










今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.30 藤色聚楽

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『来客中』
2018-01-29 Mon 21:59


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『来客中』









今夜は。



ちょっと苦手としている方に対しての。



『接し方』についてお話します。





どうも反りが合わない。



どうしても癪に障ってしまう。



等。



ちょっと苦手だな。と感じる人が。



身近に居る。あるいは出会ってしまった。



現在。そのようなお相手が皆々様にはおありでしょうか?





もしもそういう相手が。



『一見さんのお客様』であるならば見過ごせるでしょうが。



職場の方や常連さん等。



接する機会が多い時。





私は。その方を。



『お客様』という認識で接しています。





そうです。



『お客様』



なのです。





『自身のエリア』に。



『ご来店』された『お客様』であれば。



そのよう接していれば良いのです。





『自身のエリア』に。



『あぁ。今日もご来店されたのだな。』



と思えば良いのです。





『お客様』だという認識であれば。



自身の『感情』がある程度、押さえられて。



『我慢して接する』ことができるはずです。



『冷静に対処』することができるはずです。





『お客様』だと思うことで。



抱いている感情以上に。



『優しく』接することが出来ることもあります。





『人は鏡』ですから。



『お客様』だと思って。



『優しく』接しているうちに。





『良好な間柄』に『好転する』こともあるのです。





『今は来客中』





苦手な相手には、そこから始めてみてください。







いつでも来い。







『来客中』








そして『好転準備中』












今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.29 藤色聚楽

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『瞑想のいろいろ』
2018-01-28 Sun 18:52


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『瞑想のいろいろ』










昨夜の続きです。



頭の中が『FULL』で。



気持ちがいっぱいいっぱいの時というのは。



様々な『雑念』が渦巻いている状態と言えます。



その『雑念』を整理する為に有効な手段として。



『瞑想』があげられますが。



その『瞑想』の方法として。



私なりの方法を今夜はお伝えします。





私が実践してきた『瞑想』に有効な『精神モード』として。



結果をもたらしているものは。



『集中力』です。



『集中力』というのは。



『念じること』とは違います。



『思いを一点集中させる』とも違います。




それは。



『無』になれる時間。



それが『集中力の正体』であると認識しています。





『無』になることということは。



『意識を無くす』だとか。



そういったことではありません。





『ただそれのみ』に気持ちを傾けて。



『ただそれのみ』をサクサクとこなす、ということです。




要するに。



『身体の動き』と『無』が一体化して、それをこなしている時に。




『はみ出てきた感情や思い』が『雑念』であり。



その『雑念』を。



『身体』と『無』の一体化を以て、こなしながら『打ち消す』作業です。





皆々様それぞれに。



『無』になれる時間があるはずです。



それが『音楽』の世界であったり。



『絵』を描く時間であったり。



『神社』を参拝する時間であったり。



自身が『無』になれる時間が必ずあるはずです。





『瞑想』という『自身と向き合う時間』は。



必ずしも、眼を閉じて座禅を組まなくても。



『瞑想状態』は成立するのです。





もう一度言います。



『無』になれる時間。



それが『集中力の正体』であると私は認識しています。



『無』になると。



余計な『雑念』ばかりでなく。



『ひらめき』や『アイデア』ももたらします。



皆々様もその様な瞬間を経験してきているはずです。





ちなみに私が『無』になれる時間は。



長距離ドライブでの神社参拝と、長時間の経あげです。



勿論。一人きりで行います。



経あげなら。日常生活に組み込むことは全然可能です。



私なりのこの『無』になれる時間を意識的に設けて。



脳内の『空席状況』を。



常に確保しています。







各々の『個性もいろいろ』。







各々の『感性もいろいろ』。







各々の『瞑想もいろいろ』












今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.28 藤色聚楽

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『空席状況』
2018-01-27 Sat 22:01


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『空席状況』









あなた様の心の『キャパシティ』(物事の受容力)は。



どんな状況でしょうか?



だいたいはいつも、いっぱいで。



空席なく満員御礼の『FULL 』な感じでしょうか?



または。



もう暫くはこれ以上、入れるつもりはないので。



現在は受付終了の『CLOSE』な感じでしょうか?



または。



もう何だか色々あり過ぎてしまって。



心はカラッカラに乾いてしまい『ENPTY』ランプが点いている状態でしょうか?





今夜は何をお伝えしたいかと申しますと。






『コミュニケーション送受信能力』について。






自身から何らかの意思を発信する場合。



それが相手に。正確に伝わるか否かは。



ご自身の脳内の『空席状況』次第です。




どういうことかと申しますと。




キャパシティが満杯の状況下では。



主張が『一方通行』になるからです。




また、ガラ空きであり過ぎても。



返す球がありません。



それではキャッチボールは成り立ちません。





『キャパシティ』というものには。



何においても『許容量』が決まっています。





全く『FULL』になってしまっている状態では。



『受信』ができません。



自身が伝えたいことは言えたとしても。



『受信』できる空きがないのです。



要するに。



相手を『迎え入れる』ための。



『空席』は絶対に必要なのです。



また。



『FULL』や『CLOSE』が長い期間続けば。



要は『換気』が出来ていないため。



その分『淀む』ので。



発信する意思も、相手にとっては辛いものになっているのです。




自身の『空席状況』がどうなっているのかは。



だいたいは相手も周囲もわかるものです。





何か相手や周囲のアクションが腑に落ちず。



何かしら自身がジレンマを感じるならば。




今一度。



自身の脳内の『空席状況』を確認してみてください。





相手に。自身の意思を伝えたいならば。





相手を『迎え入れる為の席』は、絶対に必要なのです。





それはどんな状況下でも。





絶対条件です。





『空席状況』





それは。





『自身を客観的に観るもう一人の自分』の為にも。





設けて差し上げてください。













今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.27 藤色聚楽

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『そこに価値は見出だせない』
2018-01-26 Fri 19:36


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『そこに価値は見出だせない』









人は。



執拗に『強いられたこと』に関して。



いくら、それが正しくとも。



正当であろうとも。



本人の為になるであろうことでも。



執拗に『強いられてきた』という実歴そのものから。






『そこに価値を見出だせなくなる』。






これは結構。身近にあることです。



例えば、分かりやすい例をあげるならば。





あまりに厳格すぎる家庭に育った場合。



過度に厳しくし過ぎる親に対し。



たとえそれが自身の為だと言われ続けていても。



執拗な『押し付けがましさ』であると感じ。



『疑念』『不信感』『反抗心』ばかりが募り。



それらをどうしても。



『正しいこと』『感謝すべきこと』とは受け入れられず。



『拒否』『排除』『軽蔑』という心理に至り。



そこから変わることが難しくなります。





『そこに価値を見出だせない』






そうなってしまった子供側には。



親としては『不本意な価値観』を持つこともあり。



一番避けてほしいと願っていたことを選択したり。



想像もつかなかった苦悩を抱えることがあります。



手塩にかけたつもりが『裏目』に出ることは。



育てた親にとっては落胆の思い、極まりないことですが。



この原因は実に単純なからくりで。



要するに。



『子供に考えさせる機会』を設けてこなかった。



ことにあるのです。



子供なりの視点で。



子供は実に真剣に考えています。



表現や言葉の綾が大人に追い付かないだけで。



大人の盲点をもしっかりと理解していたりします。





これは。社会でも同じことです。




『相手にわからせようとしたり』




『相手を変えようとしたり』




強いたり、支配することで。






『そこに価値は見出だせない』






子供にも大人にも共通することです。











今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.26 藤色聚楽

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『 Dog ー ism 』
2018-01-25 Thu 18:56


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『 Dog ー ism 』









『満たされたい』と。



『満たしたい』の違い。



何だと思われますか?





私なりの解釈では。



『満たされたい』という考えは『犬的』で。



『満たしたい』という考えは『猫的』。



と、捉えています。





要するに。



自身の『要求』を。



自分以外の『他人』に求める衝動が『犬的』であり。



他でもない『自分自身』に向けるのを『猫的』と解釈しています。






皆々様はどうでしょうか?





例えば、あなた様が『犬』をお好きな理由は何でしょうか?



『犬が好きだ』という方々に。



『犬』のどんな所がお好きなのかを尋ねてみますと。



◎いつ何時も私(飼い主)に、一所懸命に尻尾を振って跳ねて喜んでくれる。



◎呼べばいつでも走って来てくれる。



◎私(飼い主)の言うことをちゃんと聞いてくれる。





つまり。



『いつでも』



『無条件』で。



『私(飼い主)』の『都合』に。



『従順』である。





という事柄が。



『犬が好きだ』という方々の。



『犬を可愛いと思う時』のお答えでした。






これは。



自身の『思い通りに』。



いつでも『動いてくれるから』。



『好き』なのである。と。





つまりは。



『自身の都合に合わせてくれる』ことが。



『好ましい条件』であり。



『相手』に。



『自身の要求通り』に。



『いつでも動いてもらいたい』。



『動いてくれない』のであれば『不満』であり。



いつでも私(飼い主)に優しいから。



いつでも私(飼い主)の言うことが『絶対でいてくれる』から。



だから、可愛くて『好き』なのであると。





逆に言えば。



いつでも『無条件』に。



私(飼い主)を『一番』にしてくれないならば。



可愛くない。『嫌い』である。





ということのようです。





『犬が好き』かどうかは置いといて。



普段の『人との関わり方』に。



無意識のうちに。



このような事柄を求めていることはありませんでしょうか?





もしもこのような事柄がどこか心の根底に。



人の『好き』『嫌い』としての基準があるならば。





どこか『依存的』で。



相手に『要求』が多くて。



何かと、自分の言うことを聞いてもらいたいために。



何気に『支配的』で。



相手が『思い通り』に動かないと、イライラしてしまう。





等。そんな自分自身がおありであれば。





この解析をヒントに。





お役立ていただければと思います。









今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.25 藤色聚楽

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『称える』
2018-01-24 Wed 22:32


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『称える』









愛して止まない皆々様を。



愛して止まないあなた様を。



私は。



今日も心から『称える』。






普段はなかなか会えない皆々様も。



いつでも会えるあなた様も。



私は。



今日も心から『愛している』。





私は今までも度々。



この場をお借りして。



『愛を叫ぶ』夜を。



甘えさせていただきましたが。



今宵もどうしても。



『愛を叫びたい』衝動が収まりません。





私は。『感情の潜伏期間』が長いタイプで。



普段は想いを秘めているほうです。



ずっとブログを見ていてくださっている方々は。



この『愛を叫びたくなる』という私の『持病』を。



もうご存知かと思いますが。





『良い』ものは『良い』と。



素直に伝えたいことと同じで。



今夜も伝えさせてください。



これも『生前成仏』活動の一環なのです。






私のことを普段。身近で愛してくださっている皆々様。



毎夜。私のブログをご訪問くださる皆々様。




私は。皆々様のことが。




本当に『大好き』です。




心から『愛しています』。




この無名である私のブログを。




いつもお読みくださり。




本当に『感謝』しています。




『ありがとう!!』




これからもここに。




『愛』を込めて、書かせていただきますね。




よろしくお願いします。







『称える』は。




私の愛しい皆々様。




そして、私の愛しいあなた様。









今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛


2018.1.24 藤色聚楽

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『運』は『宇宙の使い』
2018-01-23 Tue 22:16


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『運』は『宇宙の使い』









昨夜の続きです。



私は。『計画性』を捨てたことで。



どんどん人生が面白くなりました。




というのは。



『運による支配』を『受け入れられる自分』を。



調えることが出来た。



ということです。





要するに。



『計画』を立て過ぎる。という『自我』を。



捨てる(切り離す)ことで。



『運という生き物』に。



『傍ら』に居ていただくことが出来るようになった。



ということです。





『運命』は。



『運』の『命』と書きます。



『運』もひとつの『生き物』であるのだと。



そう私は理解しています。



そして。



『宇宙の一員』である私たちは。



自身ではどうにもならない『宇宙の運び』の中に。



生かされていることは確かです。






要するに。



『運』は『宇宙の使い』であり。



人間の『感情』『自我』というものは。



『様々な条件付き』でなければ。



統制を執ることもできない。



どうにもしようのない、面倒なものと。



『調和を図ること』が肝要で。



その各々の『強すぎる自我』が。



『運』の運びを受け付けなくなっているのです。





『宇宙』のひとつである私達は。



私たちが持つ『自我』では。



『出逢い』もままなりません。



人と人との『出逢い』も。



『宇宙の使い』である『運』という生き物が。



『生きやすくなること』で。



それらを運んでくるようになるのです。





想いを馳せる『夢』に出逢えたのも。



愛して止まない『あなた様』と出逢えたのも。



『運』という『宇宙の使い』があってのことです。






欲しがり過ぎる『自我』を捨て(切り離して)。



『運の支配』を。



『受け入れられる自分』を調えて。






『運』を『傍ら』に。






夢の続きを。夢うつつ。






今夜もここに『感受性革命』










今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.23 藤色聚楽

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『冒険者たち』
2018-01-22 Mon 22:27


こんばんは。



藤色聚楽です(^^)



今夜のお題は、









『冒険者たち』









私は。おそらく『良い意味』で。



先々のことは。



あまり考え過ぎないようにしています。



要するに。



あえて『計画』を立てないようにしています。



おぼろ気ながらも。



『あんな感じの...』



という『ヴィジョン』はありますが。



綿密な『計画』などは。



たとえ明日から旅行だとしても。



行き先を決める程度で。



詳細の予定をも立てようとはしない主義です。





『夢・目標を抱き描く』



のと。



『先々の計画を立てる』



のは。



そもそもが『別物』です。



わかりやすく言うならば。



『右脳』と『左脳』



『本能』と『理性』



『本音』と『建前』



くらいの違いがあります。






『上手く行った』『成功した』



という方のお話は。



参考にはなりますが。



自身が同じことを行っても。



その通りにはなりません。





何故なら。その方の。



『環境』


『運』


『資質』


『思考』


『運が支配するもの』



等々。



その方と自身とでは『共通項』を探ることができたとしても。



初めから何もかもが違うからです。





『計画』というものは。



単なる『計画』に過ぎず。





その通りに進めば『幸運』。



その通りにならなければ、それが『普通』です。






それは。



先程あげた項目をご理解いただければおわかりかと思いますが。



『計画したこと』も。



『運が支配するもの次第』であるからです。






『自身が思い願うこと』と。



『物事の流れ』の違いに。



戸惑うことを経験されたことがあると思いますが。





その『流れる方向』を遮るものが。



『立てすぎた計画』であり。



計画通りにならなかったことを嘆き。



『運が停滞している』ような錯覚をするのです。





『上手く行った』『成功した』というものは。



その時、その人に『運が支配したもの』であり。



『計画通りになった』とはあまり耳にしません。






人生は。



『行き当たりばったり』の方が。



上手く行きます。






私は。『計画性』を捨ててから。



人生が面白くなりました。



『やっと自分の人生を生きているんだなあ』



そういう感じです。



これは。それを捨ててみなければわからなかったことです。






一年後の今日のことは。



やはりわかりません。



『一年前』に想像してみた今のことは。



想像つかなかったことが必ずあったりするものです。






『運勢学』を飛び越えた領域に。





皆々様と共通することがあります。





それは。





私たちは皆。





『冒険者たち』





であること。





私たちは。







『人生』という『旅』の『冒険者たち』






人生は。行き当たりばったりの方が。






上手く行きます。











今夜はここまで。


本日もお読みくださり、ありがとうございます。


藤棚の下で。
また明日(^^)w゛



2018.1.22 藤色聚楽

別窓 | 開運扉 | コメント:0
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